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医療法人社団 清野内科診療所
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あっという間に平成20年が・・・
2008/12/23

あっという間に平成20年が終わる。1週間が早いし1ヵ月も早い。
ぼーっと生きているわけではないが「あれっ、今日何曜日?」と後輩Cちゃんに(しばしば)聞くと、「○曜日です」と嫌がらずに教えてくれる。とてもいい人である。そして「1週間早いねー」と続く。
昔読んだ本の中に、素晴らしいたとえがあったのを思い出して探してみた。
※「時の流れの速さを川の流れにたとえれば、二十代はちろちろとした小川、三十代でようやく川となり、四十代は流れが急になり、五十代は激流となる。そして六十代から先は、これはもう滝と変わらない。流れの早さと楽しい未来が反比例の関係にあるとすれば、歳月の早さを止めるには未来を楽しくすればいい、ということになる」

私にとっての楽しい事・・・確かにかなり前から決まっている予定−旅行や(人の)結婚式、日ハムやコンサの観戦などは確かに待ち遠しく、時の流れは遅く感じる。こんな小さな「楽しい事」でいいのかな・・・とも思うけれど。
※「未来に楽しいことを期待できる時には、歳月の流れが早く感じない」らしい。

それで私の2009年。流れを緩やかに戻せないかと考えてみる。一種のアンチエイジング?毎年テーマを決めて(ある程度)実行してきた。来年のテーマは1/3しか構築できていない。箱根駅伝でも観ながらのんびり考えようと思っている。どちらにしても、気持ちだけでもゆっくり過ごせたらいいかな♪と思っている。

※講談社「風のように・返事のない電話」 渡辺淳一著
改行位置は改編しています
(受付)


11月から勤め始めましたナース・・・
2008/12/22

11月から勤め始めましたナースです。早くも約2ヶ月……実は4年前にも登場した事がある為『皆様お久しぶりです〜元気ですか〜!』でスタートさせていただきます(^-^)

私は元気です!!今観て下さってる中で記憶に残ってたら嬉しいですが〜難しいかな。。約3年3ヶ月ぶりにご縁あって懐かしい通勤路を歩きスタッフ、患者様とお会い出来る日々を送ってます〜新しい看護婦さんだねと声をかけてくださる方、中には出戻りかい〜等覚えてくれてる方も…微妙に顔をほころばせながら丸々とした体に成長した私がこの職場の中に包まれています〜〜

そして今回つくづく痛感するのが「記憶力低下」ふとした夜の出来事〜久々洋画観てたのですがっ途中からなんとなく??と思いつつも最後までで…やっと前観た事に気付いたりと〜年を感じます…この文章に目をとめて頂いた方はそんな経験はありませんか〜(笑)

入って2ヶ月少し振り返った日を語らせて貰いました〜〜こんなんですが末永く宜しくお願いしますm(_ _)m新☆看護スタッフ
(看護師)


先日、バスケットボールの・・・
2008/12/23

先日、バスケットボールの試合を初めて見に行ってきました。
昨年北海道にバスケットのチームが誕生してから、興味はあったのですが、なかなか行く機会がなくて、今回やっと行くことができました。
北海道にできたチームは「レラカムイ」といいます。アイヌ語で「風の神」というそうです。

バスケットボールというスポーツはまだそんなに人気はないので、あまり観客はいないのかなと考えていたのですが、会場に入ってみたら、ほぼ満席状態でした。
こんなに応援している人たちがいるのだと、ちょっと驚いてしまいました。やはり地元にスポーツのチームが出来ると応援したくなりますよね。

生で見る選手はやはり大きくて、コートも近いので、少し遠い席でも充分楽しめます。
バスケットボールのルールを知らない人は、今のは何がファールなのかな?とか
わからないところもあるかと思いますが、最初は選手がシュートを決めるかっこよさだけでも楽しめるのではないでしょうか。

まだ1年くらいしか経っていないチームなので、なかなか勝てませんが、強くなってくれば日ハムやコンサドーレのように、北海道にももっとバスケットボールの人気が出てくるのかもしれないで すね。
行く機会があったらまた行ってみたいと思っています。
(薬局助手)




何時だったかは忘れましたが・・・
2008/12/23

何時だったかは忘れましたが、「ナースキャップが消える」と云う新聞記事を見た記憶があります。あるいは、ご存知の方もおられるのではないでしょうか。

今から○○年も前の(涙)看護学校時代のことになりますが、戴帽式(たいぼうしき)で、学生一人ひとりが、初めてのナースキャップを与えられ、看護師としての意識を高めて、緊張しながらも誇りを抱いて病院実習に臨んだことを思い出します。看護師のシンボルでもあるナースキャップに憧れて、看護学校に進学した女性も多かったと思われます。

白衣とともに、ナースキャップは看護師の当たり前の服装の一部として、看護師自身も、また患者さんも、自然に受け入れて、最近に至っていたと思います。

キャップ廃止派はキャップが細菌の感染源になる、邪魔、危険、ぶつかるなどの問題をあげ、現に廃止を支持する、あるいは既に廃止してしまった病院も多くあるようです。

一方、廃止反対派は、キャップはナースのシンボルであり、ナイチンゲールのイメージでもある、気持ちが引き締まるとか、特にパンタロンスーツのユニホームを着用している看護師の場合、他の職種と区別がつきくにくいなどをあげているようですね。

当院では、今のところはキャップをつけておりますが、他院の状況によってはどうなりますか? ちなみに、ドクターは廃止反対派のようです。折を見て、患者さんのご意見を聞いてみたいとも思っている、今日この頃です。
(看護師)                     


内科専門医試験・・・
2005/12/07

2005年9月、横浜・・・。北国育ちの私には、真夏のような暑い日であった。第33回内科専門医試験が行われた。前夜、ホテルの窓から見える♪街の灯りがとてもきれい♪だったが、「ブルーライトヨコハマ」を楽しむ余裕などなかった。

日本内科学会は、内科専門医制度の認定方式として、「認定内科医」を一階(基礎)とし、「内科専門医」を二階(専門)とする二階建制をとっている。この度、一階の私ども認定内科医に、二階に上がる為の初めての、そしてただ一回限りの受験の機会が与えられたのである。つまり再試験なしの一発勝負であった。
 
合否判定は、内科系10分野全250題につき「総合得点」と「各分野毎の得点」の総合成績によりなされる。つまり全問題ならびに各分野を均一的に正解することが合格の条件であった。第32回専門医試験(昨年)の北海道の合格者は10名と発表されていた。超難関だなぁ〜と思った。
 
何十年ぶりかに味わう受験の緊張・・・。アドレナリンが全身を廻り、鼓動が高まった。「トリアージ」している暇など全く無かった。一題平均1分12秒、250問、正味5時間、ただ夢中でマークを塗りつぶし続けた。

初冬の寒い日の朝だった!
合格通知が届いた!
ただ嬉しかった!

私どもの生涯研修に終りはない。今回の合格をそのリセットとしてとらえ、さらに研鑽を積もうと思う。

このような意義深い機会を与えて下さった日本内科学会に深謝いたします。                 
(院長)


I’m Feeling Lucky
2005/01/31

Googleを開くと、「Google 検索」の右に「I’m Feeling Lucky」があります。 最初は何のボタンか?考えようともせずにおりました。これが検索結果の最高位に上がったウエッブページを自動的に開く、Googleだけにあるユニークな機能であると分かったのは、かなり日が経ってからのことでした。つまり、検索結果を経由してではなく、直接(非経由で)第一位のサイトにジャンプ出来るのです。この機能は「有効な情報にすばやくアクセス出来るように考えられた」そうですが、それはさておき、今、キーワード「内科診療所」を入れて「I’m Feeling Lucky」ボタンをクリックすると、私共のサイトのトップページが、見事に展開 します。「私って幸運だわ・・・」と感じる瞬間です。ただし表示順位は「実勢」を反映するようなので、これがいつまで持続するのか保障はありませんが、お暇があればお試し下さい。
(サイト管理人)


H先生のこと・・・
2008/12/14

診察に一区切りがついて、いつもの様に郵便物の「トリアージ(多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること)」をしていたら、思いがけない、それこそ青天の霹靂の、H先生の訃報があった。

札幌の街に爽やかな風が吹く、1年半前の初夏、新緑の頃であったと思う。受付から、ご来客の名刺が届いた。先生に最後にお会いしたのが何時だったかも思い出せないままに、待合室に飛んで行った。小柄ながらも、お元気で精力的ないつもの先生が、微笑んでおられた。東北のある県で医院を開業しておられる先生は、スタッフの慰安旅行を兼ねて、母校の地・札幌に立ち寄ったのだという。

今から40年も前、新米医師の私は、道央のある炭鉱町の病院に、大学から派遣されていた。そこで経験した、ある症例の学会発表が、先生と私の出会いであった。4期先輩に当る外科医の先生も又、大学から派遣されていた。診療終了後に酒を酌み交わしながら、若輩者の私に、医学を、そして人生を熱っぽく語りかけて下さった。先生は酒豪だったし、私も又、嫌いな方ではなかった。

その症例は、ある心電図変化を示した自然気胸の患者さんについてのもので、いま考えると、どうってこともないと思うのであるが、心電図学の初歩にのめりこんでいた私には、新鮮で貴重なものと思えたし、H先生のすすめもあり、循環器学会での発表に至ったのであった。
当時は、勿論PowerPointなどなく、心電図の接写・スライド作成をふくめて、大変な作業であったが、発表文の字句修正に至るまで、先生は丁寧に指導して下さった。本番の日、私が学会場に入ると、先生は先に到着されておられ、私の口演を見守って下さり、凄く心強く思ったものである。学問に対しても勿論、情熱的で真摯な先生であった。
 
丁度、私の昼休み時間で、30分間程であったろうか、昔のこと、その後のことから最近の医療問題に至るまで、相変わらず精力的にお話になられ、「今度、一緒に飲みましょうね」を残して去られたのが、先生との最後になろうとは・・・。訃報を拝見すると、この札幌旅行から1年後に、ご逝去なされたことになる。享年76歳。こんなに悲しい想いはない。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。
(院長)



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